「薔薇と鬱金香」(横溝正史)

どこまでもロマンチック最優先

由利・三津木の事件簿10

「薔薇と鬱金香」(横溝正史)
(「蝶々殺人事件」)角川文庫

「蝶々殺人事件」角川文庫 令和版

「薔薇と鬱金香」(横溝正史)
(「由利・三津木探偵小説集成2」)
 柏書房

「由利・三津木探偵小説集成2」

大火災から救出してくれた
命の恩人・大利根の顔を見て、
弓子は驚く。五年前、
弓子の前夫が殺害された罪で
獄死した薔薇郎と
よく似た老人だったからだ。
後日、弓子は
現在の夫・磯貝半三郎とともに
大利根邸に招待されるが、
そこには…。

横溝正史
由利・三津木シリーズの一作です。
本作品では、
二人はまったく前面に立たず、
黒子に徹しています。
戦前の耽美な作風を
そのまま残したような横溝初期
(昭和11年発表)の傑作です。

【事件簿10 「薔薇と鬱金香」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…新日報記者。
〔事件関係者〕
磯貝弓子(畔柳弓子)
…鬱金香夫人と呼ばれる美女。前夫・
 畔柳博士を殺人事件によって失う。
磯貝半三郎
…弓子の現在の夫。小説家。
畔柳慎六
…法学博士。弓子の前夫。殺害される。
薔薇郎
…レコード歌手。美しい青年。
 黒柳博士殺害容疑で逮捕され、
 獄中で死亡。
大利根舟二
…「歌時計鳴りおわる時」の脚本家。
婆や
…大利根邸の使用人の老女。
堀見三郎
…かつて畔柳博士の書生だった男。
 半三郎を強請っている。
〔事件の発生〕
昭和12年(東京)
〔事件の概要〕
①昭和7年:畔柳事件
 畔柳邸において慎六が殺害される。
 邸内に侵入していた
 薔薇郎が逮捕される。
②昭和12年:
 大利根邸において、
 舟二と半三郎が決闘。
③薔薇郎と鬱金香夫人、心中未遂

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
獄死から生還した美男子・薔薇郎青年

獄死したはずの男が生きていた!
そして復讐を果たす!
これこそが本作品の味わいどころです。
それにしても「薔薇郎」という名前
(もちろん芸名、
しかし本名は登場せず)が強烈です。
横溝の由利・三津木作品には
似た雰囲気の「真珠郎」がありますが、
それに匹敵するインパクトです。
この薔薇郎、美しいだけでなく、
執念の男です。
自分を無実の罪に陥れた人間に対し、
しっかりと復讐を果たします。
その方法は決して合法的とはいえません
(かといって殺人罪にも当たらないと
思われる)ので、
「善人」とはいえないものの、その分、
存在感の強烈に光るキャラクターです。

本作品の味わいどころ②
運命に弄ばれる美貌の妻・鬱金香夫人

弓子は鬱金香夫人もしくは
マダム・チューリップと呼ばれている
美しい女性です。
運命に翻弄されるこの美女の姿こそ、
本作品の次なる味わいどころなのです。
彼女は三十歳も年上の畔柳博士と
結婚したのですが、真実の愛は
薔薇郎に注がれていたのです。
前夫・畔柳殺害の犯人として
薔薇郎が投獄、
その後に結ばれた現夫・磯貝もまた
その事件に関与していたことがわかり、
弓子は苦悩します。

一連の事件の原因は、
彼女の美しさにあったのですから、
やはり女の美しさは「罪」なのでしょう。

本作品の味わいどころ③
ロマン最優先の作品構成・耽美的作風

しかし何といっても
本作品の最大の味わいどころは、
トリックでもなく謎解きでもなく、
この薔薇郎と鬱金香夫人の
ロマンチックな恋の行方なのです。
薔薇郎の獄死から生還できた仕掛けや
奇想天外な復讐の方法も、
ロマンを引き立てるための
お膳立てに過ぎません
(なぜならそれらは他作品からの
流用がほとんどだから)。
ロミオとジュリエットばりの
ロマンの行方を、ぜひじっくりと
味わっていただきたいと思います。

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では、肝腎の由利・三津木の二人は
どこで登場するのか?
五年前の事件の新証拠を持参して、
心中しようとした二人を
思い止まらせるために現れるのです。
今回だけは、やはりロマンの
盛り上げ役に徹しているのです。

「二人に罪はない」と
由利は堂々と言い切ります。
しかしよくよく読むと、
事件に関与していた男
(読んで確かめてください)を、
薔薇郎は誘拐・監禁(生死について
書かれていないのですが、
最悪は殺害)しているのですから、
その責めは負う必要があるはずです。
それについては
まったく言及されていません。
どこまでもロマン最優先なのです。

金田一シリーズを初めとする
戦後の横溝作品は、戦前の耽美な作風が
影を潜めることになりました。
その意味で本作品は貴重です。
ぜひ楽しんでください。

(2018.9.22)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2024.3.13)

〔本作品の収録本について〕
本作品は、角川文庫
「蝶々殺人事件」に収録されています。
当初の表紙デザインは以下の通りです。
薄気味悪い全裸女性死体が衝撃的です。

「蝶々殺人事件」角川文庫 昭和版①

それが改訂され、
コントラバスのケースに
全裸の女性の緊縛死体が
押し込まれるという、
さらに衝撃的な装幀画へと
バージョンアップしました。

「蝶々殺人事件」角川文庫 昭和版②

長らく絶版だったのですが、
2019年、柏書房から
「由利・三津木探偵小説集成」
第2巻として刊行されています。
そして2020年、新角川文庫から
復刊を果たした次第です。
装幀画は同じですが、
マイナーチェンジしています。
コントラバスの二段重ねが、
シングルに変更されています。

〔角川文庫「蝶々殺人事件」〕
蝶々殺人事件
蜘蛛と百合
薔薇と鬱金香

〔「由利・三津木探偵小説集成2」〕
夜光虫
首吊船
薔薇と鬱金香
焙烙の刑
幻の女
鸚鵡を飼う女
花髑髏
迷路の三人
付録:夜光虫(未発表版)
編者解説(日下三造)

〔関連記事:由利・三津木シリーズ〕

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